Q 友人の会社経営者が税務署の税務調査を受けました。税務調査で多額の不正経理がバレたようです。すると、税務署の税務調査が終わっていない段階で、突然マルサ(国税局査察部)が入り、強制調査に切り替わったと聞きました。
普通の税務調査が途中からマルサの強制調査に切り替わることなんて、あるのでしょうか。あるとすれば、金額基準といったものはあるのでしょうか。
A 税務署の調査から国税局査察部の調査に切り替わることはあります。
国税局査察部は、他の国税局資料調査課や税務署が行う調査とは全く別の動きをしています。
通常の税務調査が任意調査(納税者の協力のもとに進める調査)であるのに対し、査察部調査は強制調査(裁判所の令状を携え、強制的に会社や自宅、関係先から書類を押収し、検察官への告発までもっていくことを目的とする調査)です。
それゆえに秘匿性が高く、税務署職員や国税局員でさえも、査察部かどこに調査に入ろうとしているか知りません。
査察部の職員が税務署で申告書などをコピーする際には、コピー機から離れるように指示されるくらいです。
査察部は税務署よりもさらに多くの資料を蓄積しています。
その膨大な資料の中から最も悪質な調査先を何年もかけて選定していくわけです。税務署に提出された申告書と決算書、これと集められた資料、社長やその親族の銀行口座の動き、不動産の増え方などを比較検討する。
この役員報酬で、このマンションやベントレーを購入できないだろう、愛人の住むマンションは愛人名義になっているが、金の出どころはこの会社の脱税資金だろう、など矛盾点をもとに内偵調査を進めます。
社長の愛人の家の前で一週間張り込むこともあります。
余談ですが、こんな張り込みをするときは当然スーツなんか着ていません。
目立たない普段着でずっと自宅の前でスマホをいじったり、煙草を吸ったりしている。
時には周辺の住民に怪しまれて警察に通報されることもあります。警察に職務質問されても絶対に「国税局の査察官です。」なんて口を割らない。
そのまま警察に一緒に行き、上司に連絡してもらう。時には警察に留置所に1泊してしまうこともある。
「査察官です」と言えば、すぐに釈放されるのになんで言わないか。
口を割れば、周辺住民に査察官が見ていたことを説明され、査察が動いていたことが社長の耳に入るかもしれない。
そうなれば、この数年の苦労が水の泡になる。
だから、査察官は自分が査察官とは警察にさえも言うことはありません(国税局の幹部から警察署の幹部に伝えることで収束させる)し、自分の奥さんにも何日も自宅に帰らないのに、行先を告げることはありません。
そんなわけで、査察官は国税局内でも離婚率№1です(笑)。
話を戻します。
社長の愛人宅に張り込む査察官。社長は何曜日に愛人のマンションに足を運ぶのか、ベントレーはどこに停めるのか、何時間滞在して、その後どこへ向かうのか、すべて尾行して行動を把握します。
こうして、間違いなく多額にのぼる脱税をしていることが客観的に明らかになった段階で、裁判所へ許可状(令状)を請求します。
許可状(令状)がとれれば、着手日の人員配置を決める。会社の本店・支店・工場などはもちろんのこと、社長の自宅、愛人宅、取引銀行など、一斉に何十人、場合によっては何百人が動きます。
着手日が10月12日(月)なら、その1週間前、2週間前の月曜日(応当日と言います)には必ず、社長や愛人などが想定通りの動きをするか確認します。調査の初日に社長本人に令状を提示する必要があるため、動きを把握する必要があるからです。
こうして、数年間ずっと追い続けた社長と対面を果たします。
税務署がマルサへ連絡する金額基準は2千万円
ここまでは、あらかじめ国税局査察部が目をつけて、自ら着手する事案の話。
時には、査察部が目をつけてはいたけれど、国税局の他の部課(課税部資料調査課など)や税務署の調査部門が着手してしまうパターンがあります。
査察部はどこに調査に入るかということを国税局の他の部課や税務署といった身内にさえ言わないと前段で書きましたよね。
だから、査察部が入る前に何も知らない税務署が手を付けてしまうことがあるんですね。
税務署が調査に入って、多額の不正計算を把握したとしましょう。
その不正の金額が所得ベースで2,000万円以上(これは多年に渡る合計金額でも構わない)、あるいは、不正経理によって銀行預金などに溜まったお金が2,000万円以上に場合は、査察部に連絡するというルールがあります。
「査察部情報連絡せん」(通称「サレン」)という書式に記載し、銀行口座の内訳や代表者・関係者の名前等を合わせて連絡するのです。
査察部情報班(通称「ナサケ」)はこの連絡内容を精査し、蓄積された資料情報を照らし合わせたうえで、告発する価値ありと判断した場合は、この調査を引き継ぎます。
多くの場合は、そのまま税務署で処理することになり、査察部で蓄積された資料情報も税務署の調査に役立つように開示してくれますが、査察部のお眼鏡にかなってしまうと、ご質問の友人のようなことになります。
ただ、2,000万円の所得隠しが見つかったから、即マルサが入ると言っているのではありません。
告発する価値あり、というのは、実際には1億円以上の所得隠しとか、最近は消費税率が上がってきましたので、消費税の多額不正還付とか、そういったケースは、マルサが動きやすいですね。
ちなみに、さきほど「不正経理で溜まったお金が2,000万円以上」になると、査察部に連絡と申し上げましたが、なぜ溜まったお金が大事なのか分かりますか?
査察部の調査は犯罪調査となることから、証拠が重要になります。
「不正経理はしたけれども全て使ってしまいましたわ~」では脱税の証拠になりにくく、どこかの銀行預金や金塊、不動産で持っていますといったことは、重要な証拠となりうるので、査察部が手を付けやすいということになります。
ここまで、査察部が目を付けていた事案に先に税務署が入ってしまって、不正を見つけたという場合について、書いていきました。
では、同じパターンで、税務署が何も見つけられなかった場合はどうなるんでしょう。
この場合、査察部に多額不正の確証があれば、税務署の調査が終わって数か月も経たないうちにもう一度査察部が調査に入るなんてことがあるんです。
「めちゃくちゃ不正経理をしていたのに、税務署のとぼけた調査官が来て、何も指摘せずに帰りよったわ。わっはっはっ!」と喜んでいる場合ではありません。
査察は見ています。
こういうときの税務署の調査官は恥ずかしいですよ。
だって、何億円も脱税しているのを見つけられなかったわけですから。
調査官失格です。
億単位の不正&溜まりがあれば、マルサは動きやすい
税務当局に8桁後半から9桁に及ぶ金額の不正がバレて、なおかつそれが預金で残っていました(これを「溜まり」と言います)なんていう場合は、査察部が着手する可能性が高くなります。
マルサに入られた会社やその会社の社長がその後どうなるか、ご存じですか?
マルサは告発するのが仕事です。告発され、裁判になれば、100%有罪になります。多くの場合は執行猶予となりますが、「前科者になる」という社会的リスクは避けられません。
「前科者になる」というのは、社会生活や事業をしていく上で非常に痛い。
銀行からは新規融資を断られる、得意先から取引の停止を通告される、建設や産業廃棄物、古物取扱いなど免許が必要な業種であれば、取り消される可能性が高くなり、入札などにも制限がかかる。
このようなことから、マルサによる調査で告発されるのを避けるために、政治家や税務署長上がりの税理士やらを投入する社長も多い(無駄な努力ですが)。
では、マルサに入られて、いいことってあるのでしょうか?
例えば調査部隊がマルサではなく、国税局資料調査課(通称「リョウチョウ」。任意調査ではあるが、悪質で多額不正の疑いのある納税者を調査する部隊)なら、どうでしょう。
リョウチョウはマルサと違って告発はしません。
しかし、マルサが不正経理を3年さかのぼるのに対して、リョウチョウは5年さかのぼる。
法律上、更正(納税者が修正申告に応じなかった場合、国税側が行う行政処分の一つ)できる期限は5年なのですが、マルサは3年(調査の終結に年数がかかるため、3年に絞っている)なので、追徴税額だけを考えれば、リョウチョウの方が1.6倍多く税金を追徴される可能性があります。
これは「タラレバ」の話なので、情報量も調査官の能力も同じならば、という条件下でのことですが、追徴税額の限界値と言う意味では、そうなります。
それでも、先ほど申し上げた「前科者になるのは困る!懲役刑は嫌だ!」という社長の方が圧倒的に多く、「税金は払うから告発は堪忍してくれ。5年さかのぼってもいいから。」とおっしゃいますね。
マルサに入られて潰れた会社はない
あとは、「マルサに入られて潰れた会社はない。」っていう噂は、昔から国税局の調査官の間でまことしやかに流れています。実際に、査察官は自分が告発した会社というのは、何年も内偵調査をして追い続けたわけですから、その後どうなったか気になるのは当たり前のことなんですね。その感覚として、「調査後、いい会社に生まれ変わった。」と言うのです。
「大阪城公園のたこ焼き屋は閉店したがな。」という突っ込みは横に置いておくことにします(笑)。
なぜ「マルサに入られて、多額の追徴を受けたのに、会社は潰れない」のか?
これは、脱税した金は、オモテに出せない、つまり「死に金」になることが多いからなんですね。
オモテに出す、つまり、脱税した金を銀行に預金する、不動産を買う、豪邸やスポーツカーを買う、そんなことをすれば、国税にバレてしまいます。また、会社の事業に投入しようとしても、資金は社長からの借入金という形で入れるしかない。これまた、社長が何でそんな大金を持っているのか?資金の出所はどこか?と国税に詰めよられることになります。
この「死に金」が国税の調査によって、多額の税金は納めることになるけれども、残った金はオモテに出せる。生きた金として、事業に投入できることになる。
社長が告発されたことで、認識が変わるということもあるのでしょうが、こうした事情から、マルサに入られた会社はその後飛躍すると言われているのです。
さて、いかがだったでしょうか。
もし、あなたの会社がマルサに入られたら……
その時は覚悟を決めましょう。あなたには黙秘権があります。詳しくは「マルサ(国税局査察部)の調査に黙秘権はあるか」をご覧ください。
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