Q 私は事務機器販売を営む会社の代表者をしています。昨年3月をもって、代表者を息子に譲り、自分は顧問(非常勤役員)として代表取締役を退き、これに伴って退職金を受け取ることにしました。
顧問になってからも銀行に融資をお願いしに行くときは息子と一緒に行き、顔つなぎをしてきました。今回税務調査が入り、調査官からは、「色々な形式的条件は満たしているが、銀行との打ち合わせに同席しているということは、会社の経営上主要な地位にあり続けているということで、実質的に退職していないと認められる。」と指摘されました。
このままでは多額の退職金を否認されることになりますが、仕方ないのでしょうか。
また、今後数名の役員が分掌変更による退職を予定していますので、税務署からとやかく言われないための注意点を教えてください。
A 税務署と交渉の余地はあります。
役員の退職金は通常は本当に退職したときに支払われるものです。
ただし、在職中であっても、代表取締役から非常勤役員や相談役になるなど、分掌変更によって実質的に退職したのと同じであると認められ、「退職給与」として経費にすることができます。
しかし、この「実質的に」が抽象的すぎて、税務調査の際には問題にされやすいのです。
退職金として認められないリスクを回避
通達(基通9-2-32)上は、分掌変更による退職金を認められるケースとして、以下のケースを挙げています。
- 常勤役員が非常勤役員になったこと
- 取締役が監査役になったこと
- 分掌変更の後におけるその役員の給与が激減(おおむね50%以上減少)したこと
しかし、通達の要件を満たしていたとしても実質的に退職したとは認められないと判断されれば分掌変更に伴う退職金は認められないという最高裁の判決もありますので、「実質的に退職したと認められるかどうか」ということが税務調査では主要な論点となってきます。
皆さんが安易に飛びつきやすいのは、3のケース。給与を減らすのが最も簡単だからですね。
しかし、3を満たしたからと言って、否認されないというわけではありません。
それは、分掌変更による退職金が認められるのは、「実質的に経営上の主要な地位から退いた」という大前提があるからです。
現実に最高裁・平成29年12月5日判決において、役員への給与を1/3にしても「経営上主要な地位を占めていた」ということで、退職金が認められませんでした。
では、税務署は何をもって「実質的に」退いたと認めるのか。
分掌変更後に銀行の打合せには参加するな
裁決では、次のようなことをしていると「経営上主要な地位を占めていた」と判断されています。
①筆頭株主である
②取締役会等に出席し、決議に参加している
③従業員に指示を与えている
④事業活動に広く関与している
ただ、税務調査の現場でこれを証明するのは、中小企業ではかなり難しいんですね。
私が調査官時代によく用いたのは、ご質問にあるように「銀行との打合せや融資の依頼の際に同席しているか」を確認すること。
調査官は毎日御社の中身を覗いているわけではありませんので、「実質的に」退職したかを判断することはできません。
そこで、最も客観的に証明しやすい「銀行との打合せに同席しているなら、退職後も経営上主要な地位にあるってことでしょう」と説明するわけです。
これは、銀行に調査に入り、稟議書や応接録を確認するだけで、退職したはずの顧問の名前が記載されていることが明らかになりますよね。
証明しやすい!
しかし、よくよく考えれば、銀行との打合せに同席したことをもって、主要な地位にいるって言えるのでしょうか。
確かにヒラ社員には行かせませんが、経理部長くらいなら行かせることもあるでしょう。
本来、この「実質的に」退職したかどうかは、社内決裁上いまだに顧問の了解が必要であるとか、取締役会の議決に参加して重要な判断をしているとか、そういったことを総合勘案して判断すべきであると思います。
これを証明するのは、なかなか難しいのが税務調査の実情なので、証明しやすい銀行との打ち合わせに焦点を絞るわけです。
税務署からこのような指摘を受けたなら、「実質的に」退職したかどうかを判断する一つのピースに過ぎない銀行との打合せに同席したことだけをもって否認されるのはどうなのか、という反論をすべきでしょうね。
例えば、社内の指揮命令系統に顧問が入っておらず、実質的に退職していることを証明できる社内議事録等で反論するといったことも考えていいでしょう。
いずれにしても、税務署から余計な指摘を受けないためにも、分掌変更による退職後は、銀行や取引先との打合せに同席するのは控えた方が無難です。
次に注意が必要なことは、役員退職金の損金算入時期です。
とにかく支払え!株主総会で決議せよ
基本的な考え方は、①現金で支払い、②株主総会で決議を経る(議事録を残す)ことが、経費化するには重要だと覚えておいてください。
「議事録が無いから、総会の決議は無かったんでしょう」と税務署から否認されたケースが過去にありますから、議事録って大事です。
いろいろなケースを例示しておきますね。
①事業年度に株主総会の決議をし、退職した
事業年度内に未払金を計上しても、翌事業年度に退職について株主総会の決議があれば、その決議日で損金を計上します。
②退職する事業年度に株主総会の決議をした
退職した事業年度の前の期に株主総会の決議をした場合は、原則その決議日に損金算入されます。例外として、退職日に損金経理した場合には、この時点での損金算入も可能です。
③退職した翌事業年度に株主総会の決議をした
前事業年度に退職し、翌事業年度に株主総会の決議をした場合には、原則として株主総会の決議日に損金算入します。例外として、退職日に損金算入した場合にも認められます。
何度も言いますが、分掌変更による退職金は原則「未払金」は認められません。
極端に高い退職金とは
次に、退職金の上限
役員退職金は、適正な額で算定しなければ、税務調査で否認される可能性があります。極端に高い退職金を支給すると、損金算入が認められない可能性があるわけです。
法人税法34条2項にある、いわゆる「過大役員退職給与」です。
なぜ役員退職金を出しすぎると、ダメなんでしょう?
役員への退職金って、実質的に利益処分なんですね。
利益処分を大きくしすぎると、当然税額が下がる。これが上限なく認められると、税額を経営者が自由に決められることになってしまいますよね。
そこで、一定の網をかけているんです。
一定の網の中におさめる=「過大ではない」=損金にできる役員退職給与って、どんなものでしょう?
法人税法施行令70条2項にはこう書かれています。
- 役員のその法人の業務に従事した期間
- その退職の事情
- その法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職金の支給状況等
に照らし、その退職役員に対する退職金として相当であると認められる金額を超える部分の金額とされています。
いやいや、同業他社でほぼ規模が同じ会社さんの退職金をいくら払ってるかなんて、どうやって分かるの?
おっしゃるとおり!
そう、事前にそんなの分からない。だから、税務調査の時にモメるんです。
さらに、③の最後に「等」があることから、役員退職金の相当額は、①~③のみで判断するのではなく、その他の諸般の事情をも勘案して算定されるんですね。優れた功績を残した役員であれば、平均点レベルの役員よりその退職金が高くなる、すなわち、不相当に高額かどうかの上限ラインは、功績に従って高くなるでしょうから、その他の諸般の事情には、役員の地位や功労・功績は当然に含まれると考えられます。
不相当に高額リスクを回避する
一般的に役員退職金はこんな計算式で決めます。
以前から、「功績倍率」という言葉はありましたが、法律上の定義はなかったんですね。
2018年度の税制改正で法人税基本通達9-2-27(2)が追加され、「功績倍率法」という言葉が初めてルールに明記されました。
この功績倍率を使った不相当に高額な部分を算出する手法は3つあるんですが、これを解説しているとややこしいので、やめときます。実務や裁判で採用されている最もポピュラーな算出方法を説明しておきますね。
「平均功績倍率法」と言います。功績倍率法のうち、同業類似法人の功績倍率の平均値を使用する方法ですね。
そもそも、「 功績倍率」って何?
功績倍率とは、
退職金の支給事例を持つ類似法人群を選定し、それぞれの役員退職金の支給額を<最終月額報酬×勤続年数>で割った数値
いや、だから、類似法人群の役員退職金支給額が分からないんだって(笑)。
卵が先か鶏が先か、みたいですよね。
要は、式をみていただければ分かるとおり、役員の勤務年数は動かしようがないですから、動かせるのは「最終の役員月額報酬」、「功績倍率」、「功労加算割合」。
そこに恣意性があれば、税務署は突っ込んできます。
最終の役員月額報酬
まずは、皆さんが一番安易に飛びついやすい最終の月額報酬。
しかし、令和3年3月で辞める役員が令和元年の月額報酬100万円だったのに、令和2年に200万円にしたといった場合、高額退職金を支給するための恣意性があるとみなされ、確実に税務署から否認されます。
退職金を高額にしたければ、少なくとも3年前、いや、退職する時期がある程度わかっているなら、5年前くらいからジワジワ上げていきましょう。
その上で、退職前過去3年の平均額を使うのであれば、文句は言われません。もう一度申し上げますが、「ジワジワ」です。
功績倍率・功労加算割合
一般的に、この功績倍率は判例では「3倍」、功労加算割合は「30%」を上限にすると言われることがあります。
なぜ3倍?根拠は?
特に法律で決まっているわけではありませんが、判例(東京高裁・平成25年3月22日判決)があります。
社長が死亡し、5社から死亡退職金が支給されましたが、この5社からの退職金の功績倍率を平均すると「14.5倍」だったんですね。
これを適正な退職金になおす際に、課税庁側は功績倍率「3倍」を使って、否認する金額を算定しているんです。
5社は、それぞれ社歴も業績も異なるのに一律「3倍」を使った。
ということは、「3倍」にしておけば、否認されるリスクは格段に下がるということですね。
次に功労加算割合については、会社を創業した功労、業績を拡大した功労など、事実として会社の業績発展に寄与した実績が証明されることが必要です。
実績を証明するってことは、税務調査の際、退職する人の功績を主張できるように準備しておくことが重要ということ。
その退職者が経営に携わるようになって以降、財務体質を改善させ、会社の利益率が〇%向上した。
大手商社△△との取引開始に尽力し、売上げを1.3倍にした。
などなど。
苦難の道を超えてきたということを文書化しておく。
税務調査の際には、これらを提示し、こう言ってください。
「様々なデータを基に、役員退職慰労金規程を策定しました(同業類似法人や該当役員の功績などを提示)。
それに基づき、弊社の代表取締役については、功績倍率を『3倍』、功労加算割合を『20%』として計算しています。」と言えれば、税務署も簡単に否認はできません。
ところで、この不相当に高額な役員退職金について、最新の判決が出たことに触れておきます。
令和2年2月19日東京地裁の判決。
業種:搾乳事業・肉用牛育成を営む法人(売上げ32億円)
対象役員:在任年数34年の創業者
最終月額報酬:110万円
功績倍率:8.0で計算
退職金2億9,920万円を支払った事例。
裁判の結果は、同業類似法人3社の平均功績倍率は「1.06」とし、国税の主張を認め、
110万円×34年×1.06=約4,000万円が適正な役員退職給与の上限と判断、つまり約2億6,000万円が否認されました。
これだけ聞くと、「平均功績倍率3倍どころか、1.06倍じゃないか!やばい!」と思われるでしょう。
しかし、この事案に関しては、根拠なく「8.0倍」もの功績倍率で計算したというやり方、そして税務調査時の対応がマズいものだったと私は思います。
私なら、創業者である社長が退職するタイミングは分かっているのですから、役員報酬を退職の5~6年くらい前から110万円→170万円→230万円→300万円→330万円→360万円と上げることを提案したでしょう。
最終3年平均の役員報酬は330万円。
これなら、「功績倍率2.67倍」で同額の退職金が出せたはずです。功績加算割合を加算すれば、さらに出せたかもしれません。その上で、先ほどの創業者の功績を提示して税務調査時に説明すれば、このような結果にならなかったのではないか、と。
最後に、税務署に否認されたらどうなるか、について触れておきましょう。
税務調査で否認された場合の税金
そもそも退職金と認められなかった時のダメージが大きいことがお分かりいただけますよね。
いわゆる法人個人のダブルパンチです。
その意味では、不相当に高額だ!という指摘は法人税は課税されますが、所得税は課税されませんので、そう痛くはない。
高額だという認定された額に対応する法人税だけは覚悟しておきましょう。
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